のほりひがし。 東の感想ブログ

『ひゃくえむ。』強さを生み出す「何の為に」の自問【あらすじ感想】

マンガ・映画感想

 
『ひゃくぇむ。』の世界に行ってきました。

作者:魚豊
監督:岩井澤健治

2018年11月から2019年8月にかけてウェブ漫画サイト『マガジンポケット(マガポケ)』で連載された魚豊先生の連載デビュー作です。

コミックスは全5巻、新装版は全2巻で発売中。

全ページ加筆修正された新装版には『ひゃくえむ。』の元の読み切り作品や、魚豊先生のロングインタビューが掲載されています。
 

また連載当時の『マガジンポケット』はスポーツが人気ジャンルでなかったことから、PV数も伸び悩んでいたのだそう。

ですがそのことを先生がSNSで伝えると多くの反響があり、単行本の発売が決定。

そして2025年にはアニメ映画化にまで至った作品でした。

1年をかけて制作されたワンカットのシーンに鳥肌。

その3分40秒の総作画枚数は9,800枚以上に及ぶという。。。圧巻でした。

 

『ひゃくえむ。』のあらすじ

 
子どもの頃から速く走る才能を発揮していたトガシ(声:松坂桃李/種﨑敦美)。

彼は努力せずとも、走ることで周りから称賛され

友達に囲まれた学校生活を送っていました。

そこに小宮(声:染谷将太/悠木碧)が転校してきたことで2人は出会います。

 
小宮は現実から逃避するため、校外でがむしゃらに走っていました。

放課後に走る小宮に遭遇してから

トガシは彼に走り方を伝授し、2人で練習を重ねていきます。

そうして成果が出てきた頃、小宮はトガシの前から忽然と姿を消すのでした。

 

『ひゃくえむ。』の感想

劣化していく現実を受け入れる前に逃避をしてはいけない

 
100m。走るのにかかる時間はたったの十数秒。

その10秒ほどの時間に人生のすべてを懸けては

狂わされながらも必死にもがくトガシの姿が描かれています。

 
当たり前に手にしていた才能が思うように発揮できなくなっていくのを、受け入れざるを得ない残酷さ。

栄光を掴んだ先で、待ち受けるものに直面する選手を見ていると

まだその段階を知らずにてっぺんを目指して登っていく選手がやけに眩しく感じます。
 

天才から元天才へと周囲の見る目が変わった時の無力感、やり場のない気持ち。

彼以外にも天才はいて、トガシが降りればすぐに次の選手が彼のいた位置に立てる現実がありました。

・・・

100mを走るといういたってシンプルな競技。

そこに費やした時間が長くなるほど、向き合うべき問題は大きくなっていきます。

よく向き合って答えを出せたと思っていても、本当は直視できていなかったり。

自分の無意識のところまでもをよく見て、受け入れたくない現実から目を背けない強さが必要でした。
 

十数秒のために自分と徹底的に向き合わなくちゃならない。

足の速いトガシの中にあったシンプルなルールが通用しなくなった時

それが才能の劣化が原因だった場合、修正だったり挽回するのが難しいものになることを痛感しました。

 

「何の為に」を問い続けることで得られる強さ

 
何の為に彼らは走るのか。

『ひゃくえむ。』は精神的な面が濃く描かれているスポーツ漫画です。

白熱する場面もありながら、その瞬間を迎える背後にある選手たちのストーリー。

それは高揚することよりも厳しいことのほうが遥かに多く、険しい道のりでした。

 
映画から漫画を読んで振り返っていたけれど

選手たちの話す言葉の数々に、未だに理解できない部分が散らばっています。
 

彼らはどうして100mを走るのか。

何の為に、何の為にと。

必ず終わりがくる世界で、一瞬の栄光のために100mを繰り返し走り続ける選手たち。

成功の約束されていない場所で、無駄になるかもしれない努力を彼らは続けていきます。

そこにはだんだんと蓄積されていく虚しさや焦燥感

「何の為に」が知らず薄れていき、自分を見失っていく選手の姿もありました。

・・・

共通の競技に挑みながら、一人一人の100m走に対する認識や

見えているもの、心の向き合うべきことなど同じ人はいません。
 

人は自分の心しか本当には理解できない。

けど自分のことすら知らない人が多いという。

そう書いてる自分も自分自身を理解できていないです。
 

何の為に。

作中度々登場する言葉は、自分を確立するヒントのように

キャラクターの人生を通して何度も何度も問いかけられていました。
 

揺るがないものを手にした選手は強い。

たとえ負けの連続だったとしてもです。

それが数年どころではないぐらいに負け続けていてもでした。

・・・

そしてまったく違う人生を辿ってきた人たちが、同じもので競い合った時に結果を示すもの。

それが記録です。

数字は選手を証明する絶対的なもの。

けどこの記録の及ばないところに、もし自分をもっていくことができたら

それはあり得ないを実現させる手段になり得るのかもしれません。
 

非現実的な話は大人になるほど一蹴されてしまうけれど

なんでも始まりは現実に囚われていないものだったはずだと。

苦しい状況にいる人にこそ届いてほしいと思う作品でした。

 

トガシを見ていて思い出した小学生の自分

 
それと小学生の自分が、この作品に出会っていたらと思わずにはでした。
 

運動会ではリレーの選手になっていたり

具体的な行事名も忘れてしまったけど走り高跳びや短距離走、マラソン大会など

運動部ではないながらも、自分は体育で上位にいた生徒でした。
 

それが小さい頃からやっていたバレエのおかげだったことに気付いたのは

バレエを辞めてしばらくしてから。

記録が落ちていって、それがちょっとじゃなくなっていった頃には

前は選ばれていたメンバーにも選ばれることはなくなりました。

・・・

小さい頃から習っていたバレエ。

それまで当たり前のように良かった運動神経が、だんだんと落ちていった時の感じ。

その時の周りの反応。

自主練をしたりしたけど取り戻すことはできず

どこかで諦めて、そこで感じた楽しさだったり、熱くなる気持ちが冷めていった時期があったのを

トガシを見て思い出してました。

・・・

その頃の自分がこの作品に出会っていたら、どうしていたんだろう。

本気になれる瞬間を手放さずに済んだんじゃないのかなと

小学生の自分にも届けたくなるお話でした。

 

『ひゃくえむ。』のコミックス