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映画『従花-ADABANA-』なくしたものをもっていたもう一人の自分【あらすじ感想】

映画感想

 
映画『従花-ADABANA-』を観てきました。

監督:甲斐さやか
2024年10月18日公開

監督が20年以上かけて構想を練られた日仏合作の映画です。

自分と瓜二つの「それ」が一部の者に用意されている世界。

「それ」と対面し、のめり込んでいった新次の物語が描かれています。

 

『従花-ADABANA-』のあらすじ


 

上流階級の一部の者だけに持つ権限が与えられている「それ」。

自分と瓜二つの姿をしていながら違う人格をもった存在です。

彼らは延命治療の手段として、病気になった人に提供される運命にありました。

富や名誉に家族と、人から羨望されるような理想的な人生を築き上げてきた新次(演:井浦新)。

しかしここにきて彼は重い病に冒されてしまいます。

死の危険があり、延命手術を受けるための準備が進められていました。

・・・

来たる日のため彼のそばには臨床心理士のまほろ(演:水原希子)がつくものの

病室に籠って過ごす時間は新次の不安を膨らませていきます。

そんな新次に彼の中に溜め込んでいるものを話すよう助言をするまほろ。

これがきっかけとなり過去の記憶を手繰り寄せ始めた新次ですが

過去を思い出すことは彼の精神を落ち着けるよりも不安を強める結果に。

そこで拭えない不安を払拭するため新次は、まほろに「それ」との面会を頼むのでした。

その後「それ」と対面した新次は、自分にはない人格をもつ「それ」にのめり込んでいきます。

そしてまほろも新次と時間を過ごし彼の考えに触れてきたことで、静かに変化していっていたのでした。

 

『従花-ADABANA-』の感想

 
いろんな感想がある中でも、どの層の人が観るかで違う感想が出てくると思う作品でした。

一般人の自分が観ても考えさせられる部分は多々あります。

それでも自分の場合と実際に新次のような立場にいる場合とでは、受け取るものも発言するものもその重みが別物です。

新次の迎えた結末からこれまでにないほど感情を顕にしたまほろですが

彼女たちを通して自分だったらどうするかが問われていました。

日が差していても全体的に薄暗い印象で、どこか夢見心地な感覚になる時もありながら、静かに手術に向けて進んでいく時間。

独特の雰囲気があって、アートの面を強く感じた作品でした。

 

用意された自分と瓜二つの「それ」に揺らぐ新次の心

 
黒い新次と、白を纏った「それ」。

純真な自分の姿をした存在は、新次の失ったものをもっていました。

「それ」と対面した時に揺らぐ人の心。

そして人間とクローンのふたりを見ている時の、自分の心をまざまざと感じさせられることになります。

・・・

「それ」は新次のために身体の提供ができることを、心から喜んでいました。

施設内で育てられ純真無垢な「それ」は、新次とまったくの別人格をもっています。

いざという時のために施設で管理され、真っ白に育てられたことが窺えるものでした。
 
「それ」は新次にはない才能や知識を持っていたり、社会に出る必要もなく守られて育った存在です。

一方の幼い頃から強くあるよう求められていた新次。

新次の場合は強くなることで守られるという教えを受けており、社会に揉まれ、恐怖や死に直面しながら成長してきた人物です。

そして今では夫婦関係も上手くいっているとは言えず、病気も患い、彼はギリギリのところにきていました。

・・・

そんな精神状態の彼の前に、同じ姿の自分が神聖さすら感じる清らかさで現れたら、新次はどうなってしまうのか。

「それ」と名前を呼ばれることもないもう一人の自分。新次の延命のためだけに生かされてきた存在ですが

そんな彼が社会で色々なものを手に入れてきた新次の失くしていったものをもっていたとしたら…

「それ」と対面してからの新次に危うさを感じながら観ていました。

・・・

そして近未来を連想させるクローンが出てきていながら、現代の日本が映し出されている『従花-ADABANA-』。

未来の話のようであって今の日本だったり、そう遠くない世界に捉えられる映像に、ただ楽しむだけじゃいけないと思う作品です。

独特の空気感の中で現実と新次の記憶、そして「それ」のことがグルグルと映像で流れ続けていくのは

現実と非現実的に思えるものが混ざっていく不思議な感じになる時がありました。
 
ガラス1枚を隔てて、反対側にいる瓜二つの「それ」。

まるで鏡のように映る「それ」と対面し会話を重ねていく中で

ある時ふいに訪れたどちらかわからなくなった時のゾワッときた感覚。

そうして、ふたりが近づきすぎることで曖昧になっていく境界線がありました。
 
「私が生きるために、私を殺す。という選択。」

観る前と後で捉え方の変わった言葉です。

現実味を帯びた、けれど夢のような。

セリフも少なめで、あえて説明のされていない余白の多い分、考えるべき部分が残されている作品です。

そして何より新次と「それ」を演じ分けた井浦新さん、人間らしさを解放させた時の水原希子さんの演技がすごかった…

今を生きているたくさんの人に届いてほしいテーマが、映画の中に収められていました。

 

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